日本障害者乗馬協会 愛知支部

   日本障害者乗馬協会

活動報告

障害者乗馬とは

障害者乗馬は、古代ギリシャ時代から実践されています。

それから現在も馬は、単なる輸送の手段ではなく、人間の苦痛をやわらげ障害を軽減するための有効な手段として利用されています。

馬に乗ることで、障害者の健康が総体的に向上することは、多くの人が認めるところです。

“Riding for Disabled”という言葉を最初に用いたのは、今世紀の初頭、英国のD.A.ハントとO.サンズという二人の人物です。

ハントはオズウェストリー整形外科病院の創設者(1901年)。サンズは理学療法士で、自分の馬をオックスフォード病院へ持ち込んで、患者たちを乗せ始めました。

二人の研究は今日の乗馬療法に大きく影響しています。

L.ハーテルは、両足麻痺というポリオ障害を克服して乗馬を続けました。

そして不屈の努力と向上心によって、1952年のヘルシンキオリンピックへ出場し、馬場馬術で銀メダルを獲得したのです。

実はこのオリンピックから、男女が同条件で競技することになりました。

ハーテルにとっては、健常者と同等ではなかったのですが、愛馬ジューベリーと共にすばらしい演技を見せ、世界中の賞賛を浴びたのです。

ノルウェーの理学療法士で、乗馬経験も豊富なH.ボッスカーは、ハーテルの快挙に障害者乗馬の可能性を見出しました。

彼女はさっそくコペンハーゲンの理学療法士U.ハーボスと共に自らの患者たちに乗馬を勧め、治療の一手段として活用し始めました。

やがて間もなく、二人は障害者乗馬が絶大な効果をもたらすことを実感したのです。

ボッスカーと親交のあったN.ジャックスは、同様の試みをイギリスにも定着させようと考えました。

彼女はまず患者を自宅の裏庭で馬に乗せることから始め、後に障害者乗馬信託を設立。

当時の主任インストラクターを務めたJ.A.デービスは、今やこの分野の世界的権威になっています。

英国ブリストルにあるウィンフォード整形外科病院の院長S.セイウェルもその分野の第一人者です。

ここは1948年に障害者乗馬の施設として公認された最初の病院です。

J.ピーコック博士は今なお熱心に障害者乗馬に取り組んでいます。

彼女はRDA(障害者乗馬協会)の活動に関わりながら、一方ではフォーチュン乗馬療法センターの顧問委員会議長を務め、医療団体と障害者乗馬の現場との橋渡し的な役割を果たしています。

このように障害者乗馬は、イギリスにとどまらず、多くの国々で熱意ある人々の賛同を得てますます活発になっています。